海外へ旅する

 海外旅行は一度しかしたことがない。3泊4日で台湾に行った。もう10年以上前のことだ。

 

 子どもの頃は海外旅行というのは夢だった。誰しもが行けるわけではなくテレビで見て憧れるのが「外国」だった。日曜日の朝に『兼高かおる世界の旅』を観るのが楽しみな小学生だった。中学に入ると同じクラスに帰国子女がいて、「外国で暮らした人がいるんだ」と驚いた。

 さすがに大学に入る頃には新婚旅行が海外というのは当たり前になってきて、学生でもバイト代を貯めて海外へ行くのは珍しいことではなくなっていたけど。

 

 しかし私は海外旅行はしなかった。学生時代も、結婚して新婚旅行でも行かなかった。飛行機が怖かったのかもしれない。そういえば一緒に行く友だちもいなかった。

 行きたくて、見てみたくてたまらない場所はあったけど、一度も実行はしなかった。ずっと後になって子どもたちが少し大きくなってから、一度くらい海外に連れて行ってあげなくちゃと思って決めたのが台湾旅行だったのだ。

 

 私の育った家庭はあまり裕福ではなかったから、海外旅行なんて贅沢だという思いもあったように思う。小さな会社の会社員だった父親と内職仕事と週に何日かパート勤めをする母親に大学まで行かせてもらったのだから、裕福ではないのは自分のせいであるかもしれなかった。両親は二人とも大卒ではなかったが、私と弟は大学に行かせてもらった。頭の出来のいい弟と違って私は私立大学だったから負担だったろう。

 

 ずっと後になって福祉の仕事に就いていろんなお宅を訪問するようになって、海外旅行をするかしないかのハードルは裕福かどうかとはあまり関係ないことを知った。

 床が抜けそうな古い長屋に住むおばあさんに「これはハワイに行った時のよ」とセピア色になった写真を見せてもらったこともある。私の両親は二人の子どもの学費を工面したうえに、郊外に一戸建ての家を建てた。今もその家に住み、つましい暮らしをしている。要は選択の問題だったのだ。私は選択をしなかった。

 

 旅行でさえ海外へ行くことを選ばなかった私は今も何処へも行かない。住んでいる市とその両隣の市と、あとは電車で40分ほどの通勤で行く市だけが生活圏で、県外に出ることさえ数か月に一度あるかないかだ。

 

 そんな自分をちょっと情けなく思うことはある。でも、今どこに行きたい?と自問してみても、行きたいところは特にないのだ。

 

 子どもの頃は本で見た内陸の国へ行ってみたかった。多分中国のウィグル自治区とかロシアのバイカル湖のあたりだ。あとポーランドとかの東欧。いずれも当時は共産圏で旅行は難しかった所だ。 

 今は家計を節約して20~30万円貯めたらツアーを申し込むことができるだろう。でもそれは私の行きたかった場所じゃないことは知っている。二重三重に行くことが難しい場所だったからこそ憧れたのだと思う。憧れた海外は私の胸の中にしかない。

 

 しかし他国へ旅行することを「海外旅行」と言うのは島国ならではだなと感心。